IDESコラム vol. 38「抗菌薬処方のジレンマ」

感染症エクスプレス@厚労省 2019年3月8日

IDES養成プログラム4期生:飯田 康

 こんにちは。IDES 4期生の飯田康です。
 2019年のゴールデンウィークは10連休と国会の特別法案で可決され、今からご予定を立てられている方も多いかと思います。私は医師として働くようになってから、ゴールデンウィークも仕事で忙殺されるのが常になりました。
 今から5年前のゴールデンウィーク、生後10ヶ月の長女が体調を崩しました。私は、重症にはなるまい、薬も不要だし、病院にも連れて行く必要がないと判断しましたが、結果、肺炎で入院してしまいました。妻は、私の判断に激怒しました。「早く病院に連れて行って抗菌薬を処方してもらえば良かったのに、あなたが大した事無いと言って病院受診を渋っていたから。」と罵声を浴びせられたことを今でも克明に覚えております。

 その時、私が、長女の治療は不要と判断したのには理由がありました。
 抗菌薬を、安易に使うと抗菌薬が効かない薬剤耐性菌(AMR)が産まれることになり、患者自身だけでなく、人類全体が使える抗菌薬の種類が減ってしまう、つまり、健康を脅かす菌に対抗する武器が減ってしまうという問題を知っていたからです。このことを知っていた私は、抗菌薬の使用には慎重にならなければならないと、強く思っていました。

 多くの医師は、AMRを意識して「処方する」「処方しない」のジレンマに立っていると思いますし、苦悩もしていると思います。
 私もそんな医師の一人ですが、AMR以外にも気を付けていないと、抗菌薬を安直に処方して、困る理由を3つあげます。

 1つ目の理由です。抗菌薬は、悪さをする細菌を殺すだけでなく、患者さんに悪さをしない常在菌も殺されてしまいます。その結果、腸内のバランスが崩れてしまい、かえって体調を崩すことがあるといったデメリットもあります。

 2つ目の理由です。抗菌薬投与により、副作用が起こることがあります。皮疹や発熱、肝障害、腎障害など臨床の現場で経験しました。そう言えば医学生の頃、「薬(クスリ)は反対から読むと、リスクと読みます。どんな薬でも副作用は頭にいれて処方するように。」という金言を大学の先輩が教えてくれました。

 3つ目の理由です。抗菌薬投与開始を急ぐあまり、培養検体を採るのを忘れると、後々患者さんの容態が悪くなったときに、抗菌薬が効いていなくて具合が悪くなっているのか、他の原因で具合が悪くなっているのか判断がつかなくなるからです。感染症が徐々に進行しているのを見ると、一刻も早く対応しないといけないという焦る気持ちが起こるものです。私も、しんどそうな患者さんを目の前にして、「抗菌薬、抗菌薬、どれにしよう。」と急いでしまい、培養検体を採り忘れたことがありました。

 「抗菌薬を使う適切なとき」を判断する医師は、時に、とても難しい決断を迫られることがあります。苦悩や葛藤をしながらも、今が「抗菌薬を使う適切なとき」かどうかを注意深く判断する視点を持ち続けることが大切だと思っています。

参考
日本感染症学会 抗菌薬適正使用支援プログラム実践のためのガイダンス(2017.8.21):
http://www.kansensho.or.jp/uploads/files/guidelines/1708_ASP_guidance.pdf

(編集:成瀨浩史)

●当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
●IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で3年前の平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。
 
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